詐欺の名称にもなった有名落語と、人間国宝の面白エピソード~噺家たちの”洒落になる高座でのミス”その②~
落語『時そば』。
『寿限無』『目黒のさんま』と並ぶ、演芸好きでなくとも題名とあらすじはご存知の方が多い演目。
『寿限無』『目黒のさんま』と並ぶ、演芸好きでなくとも題名とあらすじはご存知の方が多い演目。
いっときはこんな言葉が、マスコミを賑わしたことも。

カタコト外国人
両替詐欺の原理
両替詐欺の原理
「時そば詐欺」「時そば外人」として新聞・テレビなどで報道された、カタコトの日本語と派手なボディランゲージを操る外国人の”両替詐欺”。
昭和51年にウルグアイ国籍のガルシア・ベルトラン(当時39歳)が、国内で最初にこの手口を使って話題になりました。
その原理は、いたってシンプル。
臨場感が出るよう当時のお金を使って、3段階に分けて解説してみましょう。
①タバコ屋の店頭で仮にひと箱100円のハイライトを買うのに「コマカイノ、ナクテゴメンネ」と言いながらベルトランはまず5000円札を出し、タバコとお釣り4900円を受け取る。


②そのお釣りは店のカウンターに置いたままで「ア、コマカイノアリマシタ」と1000円札を1枚取り出しお釣りの4000円の上に重ね、「コノ5枚トサッキノオカネ、トリカエテクダサーイ」と5000円札を返してもらう。


③タバコと900円のお釣りをポケットに入れて帰ろうとし、ふと気づいたふりで「ソウダ。コレ(自分が持っている5000円札)ト、ソレ(店のカウンターに置かれた1000円札5枚)デ、オオキイノニリョーガエシテクダサイ」。


まんまと、1万円札をせしめて退散。
文字で読むととちょっとわかりにくいかもしれませんが、
ということになります。
当時まだ根強かった日本人の海外コンプレックスと、自身の人の良さそうな外見を武器にした「時そば詐欺」。
後から真似する者がずいぶん出て、当時ちょいとした社会問題になった記憶があります。
海外では
詐欺の常套手段
詐欺の常套手段
こういった両替にからめての詐欺は、「ショートチェンジ」と呼ばれます。
釣銭の支払い方法には二通りあって、日本の場合は商品の値段と支払い額を「引き算」してお釣りを渡してくれる。
それに対してアメリカなどでは、〈商品+お釣り〉がお客が払った額と等しくなるよう「足して」清算。
後者のような考え方をする国では、ショートチェンジは昔から超ポピュラーな詐欺師の常套手段。
店側に(?)と思わせないテンポとタイミングが命の手法ですが、詐欺を仕掛ける相手の選び方も重要なポイントの一つ。
もっとも、あまりに勘定できない猫が留守番の店はよした方が良さそうですが。

名人の十八番
まさかの言い間違い
まさかの言い間違い
外国人の詐欺の名称にまで使われた落語『時そば』、それだけ大勢の日本人に親しまれている演目と言えるでしょう。
その噺を大得意にしていたのが、五代目・柳家小さん。
屋台の二八そばをたぐる仕草、客とあるじの会話の妙。
私も素人の頃・噺家になってから何度も聴いていますが、まさに絶品!でした。
私も素人の頃・噺家になってから何度も聴いていますが、まさに絶品!でした。
ところがそんな十八番中の十八番で、小さん師匠たった一度ですが致命的な言い間違いをしたことが。
ここまでが成功例、それを脇で見ていたお調子者が(こりゃいいや、俺も真似してやってやろう)。
こいつがあくる晩細かい銭を支度して、宵のうちからあの「ひぃふぅみぃ今なんどきだい」をやりたくてやりたくて仕方がない。
という地の説明が、後半の伏線になっています。
あとはご存知のように、ばかにまずいそば屋にあたっちまったこの男。 なんとか頑張ってそれをたいらげ、さぁ勘定だ!
勢いこんで「ひぃふぅみぃよぉ…」、八文まで来たところで
三文余計に払ってしまった、というサゲになるのですが…。
三文余計に払ってしまった、というサゲになるのですが…。
ここで小さん師匠、二人目の勘定の時もそば屋に「へぇ、今九つで」と言わせちゃった!
聴いてたお客さんも驚いたし、もっとびっくりしてんのが当の小さん師匠。
さすがの名人も内心焦ったんでしょうが、もう口から出ちまったものはしょうがない。
ここは腹をくくるってぇと、そのまま「とぉ、十一、十二…」と払って
そう言って下りてきた。
そう言って下りてきた。
楽屋で小さん師匠、照れ笑いしながらこんなことを呟いたそうです。

「でもああでも言わなきゃ、下りらんねぇしな」とも。
このエピソードも ☆ふとした言い間違いから、懐かしい公園再訪~噺家たちの”洒落になる高座でのミス”その①~でご紹介の逸話と同じく、笑えて洒落になる噺家のケアレスミスの一つ。
よりわかりやすい
『時そば』新演出
『時そば』新演出
今でも寒くなるとよく高座にかけられ、お客様にもよくウケる『時そば』。
学校公演でも演じられることが多いのですが、生徒さんにあらかじめ江戸時代の暦法について細かく説明しておかないとちょっとわかりづらい。
そこで瀧川鯉昇師匠はここを工夫して、そば屋に娘が一人いるという設定に。
一人目の客が勘定する時に
こう演じています。
こう演じています。
これなら時の説明無しでも生徒にわかりやすい、いい演出ですね。
私もそれに倣って、『時そば』にこまちを出演させてみました。

このあと「やぁ、ここ、とぉ」とうまくつながるでしょうか。
今度、高座でやってみよう。

お開きまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。 ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝
入船亭扇治拝
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